オカルtoマニア[The UNKNOWN]0009

対価交換!『ハガレン』以降によく使われるようになる言葉の一つだと思う。

言葉を変えて言うと「物々交換」に近いとも言えると思う。

「対価交換」とはひとつの『契約』とも私は思っている。「契約」とは現代では当たり前に使われている。これも『約束』として捉えています、皆さんも想描けることと思います。

現代の「契約社会」の始まりはユダヤの人が関わっていたと言われている。何せユダヤの方々は『神との契約』を結び『約束の地』を与えられている。『一柱の神との契約』となるから「一神教」となる、コレを言うと怒る方々も多いと思うが『せこい』神さまにも思える。我々の『多神教的感覚』の中では私の思いもご理解される方も居られると思いたい。

 

私は『神仏への願い事』は基本は『対価交換』だと思っている。このまま取ると厳しい『契約』が有りそうに思えるが、私は我々の近くに居られる『神々さん』はおおらかであられ個々の思える『対価』を納めれば届くのである。

私は思うに社寺となる場所は古くからの『祈りの場』で有ると思い、そこに神さんが居られるのは『ココをコをするのでこの願いを聞いていただきたい』が始まりであり『祭り』なども『コをする』の一つだと思っています。そして我々は時としてお賽銭により「対価交換」をお願いするのです。

そう「対価」は『五円』であったりもするのです。

我々はそれぞれの「専門的な?」神々さんに『対価』を納める、横の繋がりもある神々さんなので「その専門的」の神さんでなくても『ああ、その神さんに伝えておくよ』的に繋がると私は思っており、なんて緩やかなそして大らかな『神々さん』だと思っている。これは「一神教」ではありえない『世界観』であります。

 

『錬金術』的な厳しい『対価』。それに対し『五円』の対価。それぞれにメリットとデメリットはあると思いますが。このようなコトが言える『日本』に産まれ良かったと思えるのであります。